札幌地方裁判所 昭和57年(わ)373号 判決 1982年7月28日
裁判所書記官
磯野孝司
本籍並びに住居
北海道余市郡余市町港町一七九番地
会社役員
中島佳彦
昭和六年一一月二〇日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について当裁判所は検察官竹田勝紀、弁護人西川哲也各出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年二月及び罰金三〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、肩書地において、「中島漁業部」の名称で、まぐろ・ぶりなどの定置網漁業を営んでいたものであるが自己の所得税を免れようと企て、売上げの一部除外、漁ろう経費の架空計上などの不正な方法によりその所得を秘匿したうえ、
第一 昭和五四年分の実際の総所得金額が一億三、一一一万八、〇〇〇円で、これに対する所得税額が八、〇三一万円であるにもかかわらず、昭和五五年三月一二日、北海道余市郡余市町朝日町七番地所在の余市税務署において、同税務署長に対し、情を知らない高橋護をして、総所得金額は、四、三八三万八、九七一円で、これに対する所得税額は、一、九五八万二、四〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出させ、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により正規の所得税額とその申告税額との差額六、〇七二万七、六〇〇円の所得税を免れ、
第二 昭和五五年分の実際の総所得金額が一億五、三三〇万六、〇八三円で、これに対する所得税額が九、二五九万九、〇〇〇円であるにもかかわらず、昭和五六年二月二四日、前記余市税務署において、同税務署長に対し、情を知らない高橋護をして、総所得金額は六、〇四三万九、一六一円で、これに対する所得税額は二、三七二万四、五〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出させ、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、正規の所得税額とその申告税額との差額六、八八七万四、五〇〇円の所得税を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判事全事実につき
一、被告人の当公判廷における供述
一、被告人の検察官に対する供述調書三通及び大蔵事務官に対する質問てん末書一二通
一、被告人作成の上申書三通及び所得税の修正申告書謄本
一、高橋護の検察官に対する供述調書及び大蔵事務官に対する質問てん末書
一、和崎金太郎、栗山ミツル、斎藤清の大蔵事務官に対する各質問てん末書
一、斎藤清作成の上申書及び答申書
一、村上郁子、野中伸隆、小川孝和、籾山敏教、藤田浩代、坪田正寛、藤川正、田村正志、宮島喜義及び亀村明(二通)作成の各答申書
一、大蔵事務官寺井四郎作成の調査事績報告書(昭和五七年二月二二日付、同年六月二日付)脱税額計算書及び売上金額調査書
一、大蔵事務官石川喜代春外四名、同中野渡誠幸外一名、同清水修外一名、同杉本正之外一名、同家坂正外一名、同小松誠作成の各調査事績報告書
一、検察官竹田勝紀、同神垣清水作成の各捜査報告書
一、大蔵事務官寺井四郎外一名作成の経費及び経費に関する未払金調査書
一、大蔵事務官松本修作成の減価償却費調査書及び事業用資産損失額調査書
一、大蔵事務官小松誠作成の利子所得(犯則分)調査書
一、大蔵事務官山本裕司作成の配当所得調査書
一、大蔵事務官松本修作成の譲渡所得調査書
一、大蔵事務官山本裕司外一名作成の雑所得調査書
一、大蔵事務官藤田誠作成の事業主貸調査書
一、押収してある確定申告書綴一綴(昭和五七年押第一六二号の1)及び所得税決算書綴一綴(同号の2)
判示第二の事実について
一、大蔵事務官寺井四郎作成の調査事績報告書(昭和五七年六月三日付)、青色申告控除調査書、専従者給与調査書及び事業専従者控除額調査書
(法令の適用)
被告人の判示各所為いずれも(昭和五六年法律五四号による改正前のもの)二三八条一項、二項に該当するところ、所定刑中いずれも懲役刑と罰金刑とを併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により判示各罪所定の罰金額を合算し、その刑期および金額の範囲内で被告人を懲役一年二月及び罰金三〇〇〇万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。
(量刑の理由)
本件は、まぐろ・ぶりなどの定置網漁業を営んでいた被告人が折からまぐろの漁獲量が急増し、他面魚の価額が謄貴したことから、不漁時の備え、老後の生活保障、個人資産の備蓄などを目的として、売上げの一部除外、漁ろう経費の架空計上などの方法により不正に自己の所得税を免れたという事案であるところ、そのほ脱税額は、二年間に計一億二九六〇万円余ときわめて巨額に及んでいるうえ、そのほ脱税率も、平均七五%という高率であることから犯行自体悪質であるばかりでなく、被告人は長年にわたり、北海道余市郡漁業協同組合の理事をつとめ、一般組合員に模範を示すべき社会的立場にあったにもかかわらず本件を犯したことなどに鑑みると、被告人の本件各所為は租税負担の公平を害し、善良な庶民の納税意欲を著しく減退させ、ひいては申告納税制度の基礎を危うくしかねないものであるから、強い社会的非難に値するものであって、被告人の刑事責任は重大であるといわなければならない。
しかし、他方、本件犯行の背景には漁業経営の不安定さがあること、本事件発覚後、被告人は素直に自白し捜査に積極的に協力しているうえ、本税、過少申告加算税、重加算税などをすべてすみやかに完納していること、改悛の情が顕著なうえ、本件発覚後被告人所属の漁業協同組合をあげて脱税の再発防止策を講じており、再犯の虞れも少ないと認められること、被告人にはこれまで罰金以外の前科はないことなど被告人のために斟酌すべき事情もあるのでこれらの事情を総合考慮し、主文の懲役刑及び罰金刑を量刑したうえ、懲役刑についてはその執行を猶予することとした。
(求刑、懲役一年二月及び罰金三五〇〇万円)
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥田保 裁判官 岡原剛 裁判官 樋口裕晃)